進学塾ジーク ブログ

進学塾ジーク代表による、塾生・保護者の方への連絡(とその他もろもろ)を中心としたブログ

自分から学ぶか、ただ教えてもらうか

「自分から学ぶ人」と「人から(ただ)教えてもらう人」の違いは何か。

それは話を聞いた後の行動で分かります。

 

たとえば...数学。

解法や「なぜそのような解答となるのか」という根拠を教えてもらい、いざ類題を解くとき。①順序だてて根拠を自分で確認しながら手を動かすことで解答を導き出す人、②まったく手が動かない人、③手は動いてはいるものの解法や根拠を無視している人。大体はこの3つのうちのいずれかになります。

これらの違いはなぜ生まれるのか。それは「アウトプットする前提で話を聞いているか否か」の差です。

原稿を渡されて「読んでおいて」と言われるのと「この後で発表してもらうから読んでおいて」と言われるのでは、同じ「原稿を読む」のでも取り組む姿勢はまったく異なるはずです。後者なら「みんなの前で発表することをイメージして」練習するでしょうが、前者なら「とりあえず読みました」という状態で終わるはずです。

例題の解説を聞いた後に類題を解くとき、順序だてて根拠を確認しながら手を動かしている人は(意識的にせよ無意識にせよ)ソレ、つまり「アウトプットする前提で話を聞いている」人です。一方、今聞いたばかりなのに類題が解けない(手が動かない)人は「目的意識もなく話を聞いている」人です。

手が動かない人のなかには「集中して話を聞いています!」と言う人もいますが、今聞いたばかりなのに、なぜ類題が解けないのか考えたことがありますか?それにはどう答えるつもりなんですか?いくら集中して聞いていたとしても、目的も分からずに聞いているようでは意味がありません。つまり...話を聞くことが目的なのではなく、根拠をもって問題を解けるようにすることが目的です。そして、その目的を果たすための手段が「話を聞く」ということです。ですから、手が動かない人というのは「目的と手段を履き違えている」人であり「手段が目的化してしまっている」人です。そういう人は、話を聞いて満足してしまいます。換言すれば、話を聞いただけで「できる」「解ける」と勘違いしている、ということ。話を聞いて「理解できる」のと「実際にできる」ことは別物です。その点をよーく考えて下さい。

 

自分から学ぶ姿勢のある人は、多かれ少なかれ「自分でできる」ようにするために「話を理解しよう」としています。そして、理解したことを自分でできるようにします

人から(ただ)教えてもらうことが目的となっている人は、話を聞いて満足してしまう。話を聞いて「できる」と勘違いしてしまう

同じ勉強をするのなら「自分から学ぶ」ことをしない限り、いつまで経っても出来るようになりません。

 

ちなみに...手は動いているものの解法や根拠を無視している人は...話を聞いていない人。