進学塾ジーク ブログ

進学塾ジーク代表による、塾生・保護者の方への連絡(とその他もろもろ)を中心としたブログ

現実を受け入れる

自分では結構勉強した(と思った)のに、思ったより点数・偏差値が低い結果だったとき、「その生徒がどのように考えるのか」でその後の伸びが大体分かります。

 

芳しくない点数・成績を目の前にして「勉強したのに...」と思っているうちは伸びません。自分なりに勉強したのに「成果として表れない」という現実を受け入れるのがイヤなのは分かります。しかし、現実を見ないと(受け入れないと)先に進めません

例えば、自転車に乗ることができる人(乗ることができると思っている人)に「自転車に乗れるように練習しろ」と言っても、練習しませんよね?だって、既に乗れるんですから。ただ、自転車に乗れると思っている人がいざ自転車に乗ってみたら、実は乗れなかった...となったらどうか。そもそも練習していなかったのか、練習したけれど乗り方を忘れたのか、たまたま1回だけ乗れたことで満足してしまったのか...理由は定かではありませんが、乗れないことは事実なんだから練習するしかありませんよね。

テストや模試で点数・偏差値として成果が表れないのならば「成果が出るほど勉強していない」ことを認めるべきです。勉強量が足りないのか、勉強方法がズレているのか...は人によって異なりますが、いずれにしても「まだまだなんだ」と思わなければなりません。ここで「勉強したのに...」と自分を正当化している場合ではありません。それでは次回以降も同じ結果になることは目に見えています。上記の自転車の例と同様、成果が出ていないのに、その事実から目を背けて「勉強している」と思っているうちは「それ以上」勉強しませんし、方法も変えようとしません。自転車に乗れる人が改めて自転車に乗る練習をしないのと一緒だからです。

定期試験で400点前後をウロウロしている人(や400点にすら届かない人)は、そもそも私の指示を完遂していません。先日も「試験勉強のやり方を変えた方がいいですか」と訊いてきた生徒がいますが、そもそも私の指示通りやっていないんだから、変える・変えないという問題以前の話です。試験10日前にはインプットが完了していなければならないのに、試験3日前にノートに書きまくっている人。試験範囲の英文はすべてスラスラ書けるようにしなければならないのに、英文すらまともに覚えていない人。理科・社会のプリントを隅から隅まで覚えるように指示をしても、穴だらけの人や即答できない人...これでは450点なんて獲れなくて当然です。なのに、自分では「勉強した」と勘違いしているんですから、同じような結果が続くのも当然です。

また、ケアレスミスが多い人も危険です。こういう人は「勉強したんですけどミスが...」と必ず弁明します。つまり、ケアレスミスが実力だと思っていない。「簡単なミスをしてしまう程度にしか勉強・練習・反復していない」と思わなければならないのに、そうは思っていない。だから、いつまで経ってもミスがなくならない。自転車の例で言えば、1回や2回乗れて満足する人。常にスイスイ運転できるように練習を続ける(まさに反復)必要があるのにそれをしない人。1回できたらその後も必ずできる、と勘違いしている人。こういう人こそ「現実を受け入れる」必要があるんです。

 

悪い結果が出たときこそ、イヤでも現実を受けれること

現実を受けれ入れて初めてスタートラインに立つことができます